【君の名は。】 『前前前世』の英語verにある違和感はなんなのか? 【考察】




『前前前世』の英語verのこれじゃない感の謎は?

 『君の名は。』が最近地上波で放映され、また久しぶりにRADWIMPSの前前前世を聴いた。

そういえば、全米公開のタイミングで、英語バージョンもリリースされていたなという事をふと思い出し、改めて英語バージョンを聴き直してみた。

聴いてみて、やはり違和感があったので、その謎を英語好きなりに紐解こうと思います。

この記事は2018/1/5に書いたモノのリライトです。

コレジャナイ感

AppleMusicのモノはページ内で聴けます

 感想は以前聴いた時と同じ、これじゃない感が半端じゃない。
そのままのメロディでそのまま英訳していて、英詩感がすごく薄い。(スパークルや、なんでもないやの英語verは、音節(後述)の都合がよいので、そこまでの違和感はない)

 そんなわけないのに、忠実な英訳を外注したのかと思ってしまった。。本当に失礼な言い方になってしまうけど、「本当に野田洋次郎が作ったのかな」と疑問に思ってしまいました。「これだったら日本語のままよかったんじゃ? 」と疑念が生まれる類い。

 (ちなみに筆者はRADWIMPSの音楽は普段からよく聴いており、野田洋次郎の英語は本当に好きです。)

 彼の英詩や英語のメロディは秀逸。日本語も英語も彼は言葉の乗せ方が非常に上手い。

夢灯籠の英語verはこちら。

野田洋次郎の英語はネイティブレベル

 野田洋次郎は帰国子女で、英語の発音や英詩の制作能力は抜群に長けていて、センスと実力は抜群にあります。
 以前、英語圏ネイティブの外国人に聴かせた時、「流暢で完璧な発音」と言葉を貰いました。

 「早すぎて何言ってるかわからない」と一蹴された曲も確かにあるんですが、ほとんどの曲に対して、発音は綺麗で流暢と言っていたので、ほぼ間違いないです。

ちなみに
 [Alexandros]の川上洋平(シリアの帰国子女)の英語も聴かせた所、「かなり聞き取りにくい」と言っていました。訛りと早すぎるのが問題らしいです。ゆっくりな曲は訛りはあるものの、問題なしとの事です。ネイティブに好きなアーティストを褒められるとなぜか自分も嬉しい。

 余談は置いておいて、本題のRADWIMPS野田洋二郎の英語のメロディはこんな感じ。

 最近は英詩があまりないので、えらく古い曲を例に出しましたが、お聴きいただけたでしょうか。

 これらを聴くとわかるように、英語で唄う部分と日本語で唄う部分はメロディがごっそり違う事が多い。違うというより、野田洋次郎が意図的にメロディや展開を変えているように見受けます。

メロディ先行か音先行か

英語の場合は歌詞の音に合わせてメロディが出来るイメージで、日本語はメロディに合わせて歌詞が乗せられているイメージが近い。

音節の違いという制約

 そもそも言語には音節の違いというのが存在していて、日本語と英語はかなり音節が違います。音節はシラブルとも言います。

 ここでは詳しい説明を割愛しますが、簡単に言うと、母音の数の違いです。

 日本語は(ほぼ)すべての”音”に母音があって、英語の場合、全ての”単語”に母音があります。(日本語も厳密には省略されているもの、出来るものも多々ある)
英語は日本語に比べて、切れ目なく言葉を詰め込みやすい言語なのです。

 なので日本語ベースで作られたメロディは日本語が合いますし、英語の音節ベースで作られたメロディであれば英語などの言語が合うわけです。

 これが原因で、日本語のメロディーがハマっている場所に英語をはめるとズレが生じます。ズレというより音節の違和感と言いましょうか。

英語と日本語が共存している曲もある

 ここ数年は日本語と英語を織り交ぜた曲も増え、日本語の母音を上手く省略しながら、英語と混ぜる曲もあります。

 [Alexandros]の『wanna get out』 や『Kiss The Damage』やONE OK ROCKの『Rock,Scissors,Paper』は、日本語と英語の壁をほとんど取っ払っていて、新しい風を感じる楽曲達でした。どちらの言語ベースで作られたか分からない程、綺麗に噛み合っていました。

 あれらがなぜうまく噛み合ってたかというと、どちらも独立した部分にあった別の意味の歌詞だったから。
 似たメロディーでありながら、歌詞の違うものを音節に合わせていれることが出来たからです。リズムにうまく組み込める言葉を自由に選べて、初めてここが共存できます。

 『前前前世』英語バージョンとなると、「日本語で既にある歌詞の部分」に、英語で「同じ意味の歌詞」を組み込まなくてはならないという制約が生まれます。ここでどうしても音節がずれてしまう。

 しかも野田洋次郎の作る日本語の歌詞は密度が高い

 その密度を英語に忠実に直すとなると、わけがわからないことになってしまう。ならば自分で作った曲なんだから、アレンジもしくはがっつり変えても良かったのでは..? と思いましたが、恐らくそれには理由があるのでしょう。そこを少し考察。

どうしてこうなったか

新海誠監督の指示か

 普段の彼らの曲なら問題はないと思われるんですが、今回の『前前前世』含め、『夢灯籠』『なんでもないや』『スパークル』は映画『君の名は。』のために作られたもので、全ての曲に新海誠監督によるチェックが入っています

 つまり、完全にクライアントがいて、そこに曲を提供する形でした。

 あちらの都合で却下されたものはRADWIMPS側は作れず、今回の英語バージョンもそうした既定のもと作詞をしたのではないのかと考えました。そうなると、いくら自分で作った曲とは言え、がっつり変更は出来ず、日本語の歌詞に即したものを求められていたのではないでしょうか。

制作が時間に追われていたのか

 もしくはただ単に、時間がなかった可能性。

 全米公開に向けて、英語版をリリースしたということですが、普段の野田君の作曲・作詞なら、ここまで違和感のあるものにはならなかったのではないかと思っています。
上のクライアント説でないなら、1から歌詞を練る時間がなかったのかという説も考えられます。もし時間があれば彼は上手くアレンジしてたのではないでしょうか..

おまけ

外国人によるアレンジ達


 メロディは結構忠実だけど、音節はかなりナチュラルにアレンジしてある。


これだ感。本家が出すよりかなり前にアップされたもの。メロディに英語合わせるのめちゃくちゃ上手い。これ相当時間をかけて作ったのだろうと、RADWIMPSに対する敬意を感じました。すごくいい。

結びに

 「前前前世の英語バージョンが出る!?」と聴いた時のワクワクは、あまり良い形では消化されませんでした。上手くて、丁寧な仕事であることはわかりますが、どうしても違和感が残りました。改めて彼の英語の綺麗さを知る機会にもなれたと考えればよかったとも言えます。

 前前前世は、日本語がどうしてもあっている曲だなと思いました。野田洋次郎の英詩の曲や部分はすごく好きなので、また彼の英語が聴けて嬉しい。その気持ちは間違いないです。

 繰り返しますが、元から英詩で作られたものは英語で唄うのが合っていて、日本語で作られたものは日本語で唄うのがあっています。例外はありますが、音節をうまく崩せないと、合う/合わないがはっきりとします。

 どちらでも特に違和感ないメロディの曲もありますが、今回の『前前前世』に至っては、「完全に日本語ベースでメロディが作られた曲だった」というだけで、誰が悪いとかはないです。

 コレジャナイだの音節が合ってないだのと酷評だったりしますが、歌詞の意味やメロディはばっちりですし、野田くんの声が好きなのであれば、まずは聴いてみることをオススメします。これだけ言っておいてあれですが、なんだかんだリピートしてます。

それではまた。

hitoto

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