「電線に鳥がいるよ」

「鳥ってなんて数えるんだっけ。一匹?一羽?」

「羽が生えてるんだから、羽じゃない?」

「まぁさ、数がわかれば、それでいいよ」



 期末テストの中休み、中学3年の私達は演劇を観に行くことにした。

 私は演劇を見たことがなかった。演劇に限らず、映画、コンサート。いわゆるライブ体験をしたことがなかった。いつもプラズマ液晶や、携帯電話、パソコンで見える映像しか知らなかった。ハイビジョンだの、4Kだの、難しいことはよくわからないが、とにかく鮮明で、テレビやパソコンの前で十分な映像体験は出来るのだ。わざわざ生にこだわる必要はない。映画館にも行く必要性は特に感じない。DVDで十分だ。

 


 いつものように、シノと帰り道を歩いていた。夕暮れの道、オレンジ色とコンクリートの灰色が目に余る。目を離すとシノの姿がなく、数メートル離れたところからシノが叫んだ。

「みて、電線に鳥がたくさんいるよ。」

 夕暮れの電柱に鳥が5.6羽佇んでいる。なんで今更、急に鳥に反応するのかと、不思議と溜息を零しながら近づき、反応する。

「ほんとだね。カラスだね、あの黒さは。」

「鳥ってなんて数えるんだっけ。匹じゃないっけ? 1羽?」

「羽が生えてるんだし、羽じゃない?」

「まぁさ、数がわかればそれでいいよ。別にテストがあるわけでもないし。」

 質問しておいて、この有様。そして脈略もなく、シノが「演劇を見よう」と誘ってきたのだ。

◇発端

 2日前、文芸誌で、ある一節でその公演を見つけた。小さな枠だ。

「あーこれこれ。あんまり人気なさそうだねー。ちっちゃいし。」

 ひょうきんな声と、空っぽなトーンでそう会話を開く。シノの会話の切り出し方はいつも唐突だ。今日も眉毛の上にある前髪がかわいい。どこで買ったか知らないが、カラーコンタクトも入れて目もぱっちり。

「たしかにね、話題にはなってないみたいだね。」

 私はそう返し、メガネに指を添えながら、考えていた。小さい枠にあるということは、予算がない。もしくはスポンサーがいない・募れてない、ひいてはあまり期待されてないということのは証明でもある。オリコンのランキングも、人気の映画のランキングも、通販のランキングも、上位にいるのはいつも似たようなラインナップ。目新しいものはそうそう出てこない。

「でもこういうのってさ、あれだよね。人気がないから人気ないって思っちゃうよね。」

 シノはたまにこういうことを言う。ばっと顔を下から上に向けて、続ける。顎元まで伸びた黒髪がさらっと揺れる。

「心理的な錯覚っていうかさ、『これは人気だから人気です!』みたいな。モノがいいから人気なはずなのに、『人気だから人気!』みたいなのあるよね。ランキングとかも上に来たら結構ずっと上にいるじゃん。なんか何がいいのかわかんないよね。」

 言われてみればそうだ。いつも目に映るのは、人気のもの。人気になればいつも上にいる。ただ話題に上がっただけのものはすぐに廃れていくが、人気となればそれはブランドなのだ。

「大々的に宣伝してもさ、見たひとがよくないって思えばよくないしさ、宣伝すればいいってわけでもないだよね。で、その逆が人気のない作品でさ。あれ、聞いてる? アスカ?」

「ん、うん。まぁ、それは戦略が弱いよね。いい作品なのに埋もれるってことは、それだけ宣伝がヘタクソなんだよ。」

「いや、そうだけどさー。絶対埋もれてるいい作品ってあるじゃん。」

 来週にも期末テストがあるのに、なんの話をしているのだろうと思った。なんだか大人びてる気がし、さして悪い気はしなかったが、話しながら自分達の言ってることの程度の薄さには、なんとなく気がついていた。何も知らない子供の会話だ。私達はまだ子供だ。大人びて嬉しさを感じるのは、子供の証だ。

 そしてシノは、こう口にした。

「わたしたちで名作を掘り起こそっか。」

 基本的にめんどくさがり屋で、ズボラなシノ。そのくせ成績は悪くない彼女。ショートヘアでカラコンで、成績優秀。私のメガネはもしかして伊達メガネなのかもしれない。

◇待ち合わせ

 待ち合わせの日の昼下がり。お昼の時間の公演。シノは麦わら帽子と白いワンピースで現れた。もちろんカラコンも入れてる。目はパッチリで、服装もばっちり。絵に書いたような可憐な姿が、白さと共鳴して眩しかった。そのせいで、シノが遅れて登場したことに、気が回らなかった。

「時間もギリギリだし、かるく急ごっか。」

 そう言われ、シノが遅れたことを思いだした。ギリギリなのは彼女の遅刻が原因だ。おかげさまでお腹が空いてる。軽くご飯を食べる予定だったのに。

「ごめんごめん、とりあえずこれあげるよ。ほら、カロリーメイト。」

「足りないっての」

◇混じりけのない

 会場に入ると、殺風景にだだっ広い空間が広がっていた。席に座るやいなや、すぐに音が鳴り始め、舞台は始まった。

 広告や、生活音のない空間。雑念のない、圧巻する迫力。鼓膜だけでなく身体の皮膚全てに伝わる空気の振動。めまぐるしく変わる役者の表情、電気を通さない肉声。混じりけのない、清濁のない世界が眼前に広がる。

「なんだろう、これ。」

 この疑問は、なにかを否定するような感情でも肯定するようなものでもなかった。ただただ湧き出る感情に、脳の処理が追いついていなかった。眼の前は少し歪んだが、お構いなしにメガネを外した。汗が滲んで、邪魔だった。

 込み上げる感覚。激高する舞台。息を飲むほかなかった。出来ることなら瞬きもしたくない、乾きをしらない人間を超えたなにかになりたいとさえ思えた。隣のシノの表情を見る間もなかった。いつもはなにかあればすぐ顔を合わせるのに。今みても視界が歪んでいて、表情わからないのだけど。

 その場の空気が、自分の理性を追い越せと、そう願った。追い越せ、追い越せと心が叫んでる。

 占いで相性がよかったり、好きな俳優のCMにリアルタイムで遭遇したり、くだらないことでハイタッチする私達が、顔を合わせず、少ない言葉と呼吸音だけを交わしながら会場を出た。

 肌は涼しくも、熱いと感じることはあるのだな、と平静を保ちながら思い返した。空腹なことはさっぱり記憶から消えていた。

◇混沌

 街に戻ればまた混沌だ。雑多に張り巡らされた広告。ビルに埋め込まれた電光板。スクランブル交差点をゆく人の波。視界に余計なものが入る。濁った世界とまた向き合う。

 帰り道にまた足を運ぶ。シノがまた何か言いながら、電柱の上のほうを見ていた。私も、ふと視線を上にやる。

「あ、ほら。電線に鳥が5匹もいるよ。」

「だから”羽”だってば」

「まぁさ、数がわかればいいじゃん。いつも細かいよ。」

 シノはいつもどおり。

「なんかさ、五線譜の譜面みたいだね。楽譜のさ。音が鳴ればいいのにね。」

「鳥だって鳴いてるよ。ちゃんと聴きなよ、アスカ。」

 あいかわらず、雑なレスポンスを返してくると、そう思った。いつも雑だと思える言葉が妙に響く、夕焼けに照らされた灯点し頃だった。

「次いつ見に行こっか?」

「んー、それはわかんない」

 事の発端のくせして、最後にはわからないと言うのだ。急に「掘り起こそう」と似合わない事を言った彼女は、学年の気になる男子が実は舞台に出てると知っていただけだった。その男の子の役が「鳥男」だったのだ。シノなら大丈夫だよ。ばっちりだもん。けど、もし当たって砕けたら、メガネ貸してあげる。涙受けにでもしなよ。

 火を点けたのは、些細なこと。その火を渡してもらって、おすそ分け。それでいいんだと、その日、私は思った。シノの涙はどこにも見えないが、私の視界はスッキリ晴れていた。

星の落ちる国 【創作SS】【小説】

2018.09.18
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