4月14日に京都のSfelaビルディングにて行われた。「フォトヒロノブトークショー」

三階では展示スペースがあり、4月14日〜5月3日は写真家の伊丹豪さんによる特別展示展が行われいる。

 トークショーをするという告知はされているものの、内容告知はほとんどなしで、何を話すのかとても気になったので行ってきました。

 長くなるので、二つに分けます。こちらは前編です。

気さくな田中泰延氏

 時間になってから登壇するのかと思いきや、トークが始まる14時より前から彼は鎮座しておりました。パソコンをイジイジしながら彼の好きな動画を流し、楽しそうに語る姿は少年のようでした。いや青年でした。(後述の青年の件)

トークが始まる前から元気な田中泰延氏

田中泰延
やんです!
これやんです!

「銀河英雄伝説」のリメイク映像を流しながら、楽しくなっている田中氏。

田中泰延
艦隊がね、密集しすぎですよ 
もっと離れて運用してください!

 会場も共感の嵐で、笑い声が溢れた。確かに近すぎて笑った。

 近すぎる。戦略性のかけらもない密集。攻撃されたらひとたまりもない。

 「頭を掻いてごまかすさ」のセリフをシンクロして言っていて、好きがよく伝わってくる。自分も好きな作品のセリフは基本的に覚えていて、日常で使ったりしてるんですが、大抵「?」な顔を向けられる。誰かと一緒にアニメをみる際などに、キャラにかぶせて喋ったときなんて、大抵引かれます。乱用は注意。

 引かれると言いつつも、こうして「人が好きな事を語っている時の姿」は、本当に気持ちがいいなと改めて思った。

トークスタート

 時間が14時なったのでスタート。

田中泰延

さて、2時になったのではじめます。
なにもやることがわからないんですが。

 またまた、そんなこと言いつつ、と言いたげな会場の空気。

田中泰延

二時間ですよ!?どうします?
しかも土曜のお昼に!

 開幕から、疑問を投げてくる彼。

 トークショーに集まった観客も「何を話してくれるのだろう」と期待と興味と疑問があったけど、本人すら謎だったよう。

「シグマさんから話を頂いた時のことなんですけど」と言いながらトークショーの経緯を述べる。

シグマ
京都です。土曜です。二時間です。
田中泰延
なにすればいいですか?
シグマ
自由にやってください。
田中泰延
…?

 嘘か真か、事前のやりとりはこんな感じだったらしい。本当になんでもよかったらしい。自由すぎる。自由にやってくださいと言われたため、開始前から「銀河英雄伝説」や「AKB48」の映像を流したりの好き放題をしていた。

 今年から、シグマで連載が始まることになった事を説明したり、会場に伊丹豪さんの写真が飾られていることを告知してくれる田中さん。プレゼン画面が切り替わる。画面にはでかでかと文字と画像。

「どうも、ロバート・メイプルソープです」と画像と言葉で冗談をかまし、「どうも田中泰延です」と自己紹介を始める。

 田中泰延の「ひろのぶ」という漢字が読みにくいらしく、書き物をする際、わかりやすく「ひろのぶと読んでください」と注意書きをしていた様子。そうしたらどこ行っても、「ひろのぶ〜」と声をかけられるようなってしまったとのこと。

田中泰延
「読んで」とは書いたが「呼んで」と言ってないんですよ!

 「気安く呼びかけないで下さい」と笑いながら話していました。「呼びたい人は呼んでくれてもいいんですよ」とのことです。どこまでが冗談でどこまでが本気なのか、はてさて。

「よろしく哀愁」「よろしくメカドック」など世代ネタ豊富にプレゼン画面を進める。この時も、もちろん特大ピクセルの文字がばばんと画面いっぱいに映っている。わかりやすいものって得てして大胆なもの。

一生懸命時間潰しているけど、まだ5分も経ってない。

田中泰延
結婚式で2分のスピーチしてって言われても困るのに2時間ってひどいですよ。
2分の…100倍?いや違うわ。算数だれかしてください。

 シグマさんからの無茶振りであったことをとにかく刷り込み。

 本当に自由な空気。開始数分でしっかりと笑いをとって、話が頭に入る姿勢を作らされた。フックが上手い。

「書く」と「撮る」はほぼイコール

映画は目に見えるもの、映像のための映像、物語の直接的で具体的な要求から次第に解放され、ちょうど書き言葉と同じくらい柔軟で繊細な書くための手段となるだろう。

「カメラ=万年筆」フランスの映画評論家、映画監督であるアレクサンドル・アストリュックの提唱した映画評論。

田中泰延

映画という文法のもっているものなんですが、写真も基本的に文法の中にあるんです。
いい写真とは、常に「意図」があって、果たしたい目的がある。
撮りたい「対象」があって、人に演技をさせる映像もそう。

田中泰延
カメラ「撮る」と随筆「書く」でも同じと言える。どちらも「事象」と「心象」が交わっているから。

随筆もカメラも映画もコミュニケーションのツール。相手がいて、伝えたいことがある。何かの意図を働かせて作ることで、コミュニケーションが生まれる。

これは、裏を返せばコミュニケーションが生まれれば意図が後から発生するとも言える。

田中泰延
たとえば闇雲に撮って偶然生まれた面白い写真。人に見せて繰り返し話す。そうなれば意図が出来る。

「作品」「創作」全てに言える事だと思った。芸術作品は、「なんだこのぐちゃぐちゃなラクガキは」と思うものでも見方によっては数億の価値が付いたりする。評価されたりする。ものはみよう。

 たとえば思い出の写真なんかも、赤の他人からすれば価値は0だけど、当事者から見ればどんな写真でもプライスレスに価値のあるものになる。状況によってものの価値は常に変動する。

「心象」は見る時期・人によって変わる

 過去に書かれたもの、撮られたものは同じもの。明治時代の文章はいつまでも明治時代のもの。だけど、それを受け取る時期によって印象は大きく変わる。

田中泰延
100年後読んでも同じ文章でも、20歳で読む時、40歳になって読む時、全然「心象」に与える結果や世界を変える力変わってくるんですね 流れる時間によって。
田中泰延
僕の仕事は書くことですが、書くことは思い出すと直結しています。思い出さないと何にも書けないですから

自分がとった写真などをみたり、記憶を頼りに思い出して書き物をしているとのこと。自分もよく思うのですが、その時に思った感情と書き物をしている時の心象はまた違っていて面白い。感情はその都度その都度巡るめくもの。

脳みそを空っぽにする
 これは自分の場合ですが、書くことは「忘れること」にも繋がってる。アウトプットして吐き出すことによって、安心して忘れてることが出来る。これは写真もそうで撮ることに脳の安寧を求めてる。

 人間のキャパには限界があって自分の脳ももちろん有限。脳だけで覚えてられることは、とても少ない。だからメモをとるなり、写真を撮るなり文章を書いたりする。そうして脳みそを常に空っぽに近い状態にすることで、新しいことを入れやすくしています。人の話が頭に入りやすいのでオススメです。

「つまらない人間って一体なんだ?」

つまらない人間は内面を語る

田中泰延
つまらない人間とつまる人間の差って僕らよく話すんですけど

 閑話休題といいながら、興味深いトピックを話してくれました。ずばり「つまらない人間とはなんだ?」

田中泰延
内面を語る人 これがつまらない人なんですよ。
田中泰延
たとえば、会って話している時に「暑い、暑いわ」もしくは出会い頭に「ほんとに今日は機嫌が優れなくてイライラしててね」と言われた場合。

知らんよ、おまえが暑いのなんて。
知らんがな、相手の内面は。

 知り合いにそればっかり毎回言う人がいるので、頷きながら聞いていた。

田中泰延
他にも異性・同性に好きですと伝える場合。
「あなたが好きです」と急に言われても、知らんがなとなるわけですよ。

 なんてこった。

じゃぁおもしろい人は?

田中泰延
外にあることを語るようになったらおもしろいんですよ。
上司と反りが合わないを延々と語るより、朝に犬のフンをふんでしまった話のほうがおもしろい。
そしたらつまらなくない人になるんですよ

 状況が想像できて、だれの脳内でも再現しやすいことは確かにおもしろい。

田中泰延
さっきの話ですけど、相手のことが好きでも好きって言っちゃだめ。絶対に内面を語らないでください。

 これは難しい問題。好きなら好きでいいけど、「好き」という言葉だけで片付けると話が終わるんですよね。さらに彼はこう続ける。

田中泰延
たとえば、自分がAさんという女性100好きだったら、相手にも物理的に好きになってもらえばいいんですよ。
Aさんがディズニーシー好きだったら、連れていけばいいんですよ お金だして。
それで0から1にちょっとでも好きになればそれを100回繰り返せばいいんですよ そしたら100ですよ。

 もちろんこの100回は例え話で、こんな単純ではないけど、少なくともこの状態はwinwin。上手く行かずともデートは何度か出来るでしょう。試行回数を増やせば、もちろん可能性が増えるので、お金に余裕があるときはそれでもいいのかもしれない。

 ただ、自分の周りに好き放題貢いだ結果、交際に発展しなかった男性が何人かいるので、お金と楽しい体験だけでは恋は実らないと知ってる。なのでお金を貢ぐなどはなるべくせず、「最終的には感性が合うかどうか」かな、と漠然と思いながら聞いていた。

 田中泰延さんがどこまでが冗談で言っているのか、笑いをとるために言っているのかが曖昧だったですが… 極端な例を出すほうが頭には残ると学習しました。本気で言ってそうだし冗談にも聞こえる。どっちなのだろう。

 しかし、ここから話を繋げるのが本当に上手いんですよ。

田中泰延
この外にある事を語る行為、つまらなくなる行為と写真を撮って見せる行為は直結してるんです。
「上司と合わないから気分悪いわ〜」と話すより、部長の写真を見せて、「みてこの最低な顔!」と話せば、外にあることを語ってもらえて、事象と心象が組み合わさったものを伝えてもらえるから楽しくなるんですよ。

 例の内容云々は置いておいて、非常にわかりやすかった。例の内容云々は置いておいて。

 話の繋げ方が上手くて、なるほどと思わされた。囲碁や将棋漫画における「あの一手はこの局面を見越して…!!」に近しい感触。スラムダンクの山王戦で1on1で沢北を抜くために「パス回しもある」と思わせるみたいな。何の話をしてるんだ自分は。

何かを伝えるには「編集」も大事

 自分が撮った写真を人に見せる時、紹介する時も編集がある。何を伝えるときは編集がとても大事と彼は言う。

観客を差し、質問をする。

田中泰延
たとえば、あなた。昨日なにしましたか?
昨日は、起きてご飯食べてお風呂入ってご飯食べて寝ました。
田中泰延
素晴らしい。だいったいのひとはそうです!僕もそうです!

求めていた解答だったようで、上手く皮肉を交えながら返答。

田中泰延
これ既に編集なんですね。起きて風呂入ってご飯食べて寝ました。
でも、あなたトイレいってるでしょ?

 間違いない。

田中泰延
でも言わないでしょ?他にも言えないことやらなにやらしてる人もいでしょ。でも言わない。編集してるんですよ。
伝えたいこと、メインにあることを伝えるために編集して省略するんです。

文字にすると当たり前かもしれないんですが、こういう問答って実際にその場で説明されると妙に気持ちがいい。

これは、かの「いとうせいこうさん」から教えてもらったそう。同じくだりの質問を、いとうせいこうさんにもされた様子。「皆、意識してないだけであって、編集して話している」

田中泰延
仮にあなたが昨日パラセーリングしてたとして、「朝起きて、ご飯たべて、風呂入って、あパラセーリングしてました」って言ったら突っ込むでしょ。
「それを言えよ!」って、サンドウィッチマン伊達さんばりに

 まさかのサンドウィッチマン。暇があればYouTubeでよく見ている。伊達ちゃんのシンプルなツッコミと富沢(サイコパスっぽいほう)のボケはいつ見ても本当に秀逸。

ここで一度彼は、挙手を求めます。「カメラ写真が趣味だという方」「カメラが仕事だ」という方。

「趣味」とは一体なんですか? 

また観客をさし、「趣味とはなんですか?」と質問をする。

「好きで没頭してること「いつも頭にはあるけど、お金にはなってないこと」といった答えるお客さん達。

趣味とは手段が目的にすり替わったこと

田中泰延「これを聞いたとき、僕も目から鱗でした」

田中泰延
釣り竿はなんのためにあるか?そう、魚を釣るため。ペンは?そう、文字を書くためなのがペン。
ゴルフボールを打つためなのがドライバー。A地点からB地点に行くためのものが車。これらは手段。

趣味とはその手段が目的に変わったことを指すと彼は述べる。

田中泰延
釣り道具であれば、魚を釣るためのもの。極論を言えば竹でも良い。けれど、趣味であれば竿にこだわったり、ロットの性質や見た目にこだわる。車ならこの車のエンジン音が良いだとか。

 別に文字がかければ万年筆でなくても、百均のペンでよい。

 つまり、目的のための手段なのに、その手段が目的になっていること。

田中泰延
万年筆の木の良さを味わう、車の皮のシートの良さを味わう、エンジン音を味わうとか、全部すり替わっている。それが趣味。

 倒錯状態のものを、趣味と言う。これは「趣味」及び、「遊び」の本質でもある。

 ただ個人的には、手段が目的とすり替わっているだけが趣味とは思わず、「目的も手段もひっくるめて愛せるものが趣味」だと考えています。
 たとえばカメラなら、「レンズがほしいからレンズが買う」ではなく、「いい写真がとりたいからこのレンズを買う」もしっかり趣味だと思います。目的と手段が並行な位置にあるものも趣味だと捉えてます。

 細かい部分や、逆説的なことまで説明すると、かえってややこしくなるから省略したのだと思っています。この日の田中さんのトークの中での定義として「すり替わっているもの」だったのでしょうか。ひとつの定義として面白いなと思った。

「頼まれてやるってのはしんどいんですよ」

 書くのは嫌いだけど、撮るのは好きと言う。これは、頼まれてやるから書くのはしんどいけど、写真は好きにできるからいいとのこと。なので、写真も頼まれて撮ることが増えれば「きっとそのうち嫌いになりますよ」と言っていた。趣味と仕事はいつも難しいバランスがある。

随筆(エッセイ・コラムなど)の定義とは

 随筆の定義、事象事実があってこれだけを伝えると「記事」。
例「鴨川が京都には流れている」→事実

雨が降っているときに寒く感じ、雨は嫌いだと感じば、それが心象。イメージであったり感想であったり何か感じることがあれば、心象が生まれたということ。

田中泰延
読書感想文で、あらすじだけ書いて提出してしまうことは「事象」だけ、
「わたしはとっても面白いと思った」だけで提出すれば「心象」だけとなる。

 随筆=事象×心象

事象と心象が交わる所。この記事も内容を表しているだけでなく、自分の心象(感想)なども含まれています。なのでこれも随筆の類に分類。

田中泰延
定義というのは大切で、定義がしっかりとしていないと、何をしたいかわからない時間が生じるのです。
そうこの二時間のことです。冗談です。

随筆≠エッセイ 

 便宜上、随筆とエッセイを一緒くたにしましたが、細かい分類わけをすると違うものです。鳥居弘文さんのブログにて、とある本を引用し説明されているので気になる方は是非。

鳥居さんのブログ「隠居系男子」
「随筆」と「エッセイ」の違い。

印象に残ったユーモラスなシーン【前編】

田中氏「とりあえず靴を置いて帰ってください」

 「街角のクリエイティブ」で映画評論を書いて、150万PVを叩き出しているのに、原稿料や、あがる収益は雀の涙ほどらしく、映画を見る・パンフレットを買う・サントラを買うと残らないと豪語。またまた。

田中泰延
とりあえず今日ここから出ていく時には、上着を置いていくとか、靴を置いていくとか。金をくれとはいわないので何かおいて帰って下さい。
数日後にメルカリに出てます。

自虐風ユーモア。メルカリを使う辺りがタイムリーで面白かった。

48歳でも「青年」失業家?

 会社(電通)をやめてからは、「青年失業家」と名乗っている。48歳なので「おまえは青年じゃない」と咎められることがあるそうなのですが、なぜ「青年」と名乗るのか。それは47歳のサイバーエージェントの社長(藤田晋さん)が雑誌などで「青年実業家」と紹介されているからだそう。

田中泰延
彼が青年(二つ違い)なら、じゃぁ僕も青年でいいじゃないかということでそう名乗っております。

カメラを運ぶ度に3000円かかる

田中泰延
なんでやとおもいます? マッサージいかないかんのですよ。

「なんでこんなええことを無料で教えなあかんのや」

田中泰延
こんだけええこと話してなんで無料なんや

 なにを隠そうこのトークショー、なんと無料だったのである。お金払ってもいいと思ったので、とりあえず五円玉を椅子の上において帰った。靴やら上着やら置いて帰る人はいなかった。さすがにメルカリは嫌らしい。

キートン山田「後半に続く」

長くなったので後半に続きます。(3日後に公開予定)

公開すればここにリンクをはるので是非。

ではまた。

展示会の情報
 展示会の詳細はこちらです。

特別写真展 SIGMA Satellite Gallery in Kyoto 伊丹豪 特別展 with FOVEON「photocopy #2」
4/14(土)- 5/13(日)11:00-19:00

とても良かったので是非足を運んでください。

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