「終電逃しちゃった」
「今夜は帰りたくないの」

そんなラブロマンスが始まる甘い状況ではなくとも、家に帰りたくない時はふと来る。それは映画館で一本見終えた時だったり、本屋さんやカフェで文章を読んだときであったり。

総じて、良いものを見たあとは家に帰りたくなくなる。そして、人に会いたくなくなる。ただ1人でボケーッとしたくなる。街をぐるぐる歩きたくなる。家以外のどこかで考え事にふけたくなったりする。

作品に魅了されたわけである。感覚が研ぎ澄まされた感覚がして、雑音をシャットアウトしたくなる。

魅了されたあと、その空気が壊れるのがとても儚い。余韻に浸っていたい。

友人と映画館に行った後にしばらく無言であったり、言葉数が減ってしまうことがある。つまらなかったからではなく、しゃべるとまた日常に戻ってしまうから。

普段通り話すと、一気に普段の感覚に戻る気がして怖いからだ。良い物であっても、悪いものであっても咀嚼する時間は大事。だから人と映画を観た後は変な空気になることが多い。

音楽のライブも同じで、日常を非日常にしてくれるような良いパフォーマンスを見たあとは、ぼけっとその場に立ち尽くしてしまう。拍手や歓声は心の中でする。

素晴らしいパフィーマンスは視角と聴覚を奪う。そんなステージを見せられると、どうしてもそうなる。魅せられてしまう。

ライブにはそこでしか味わえないものがある。素晴らしいものを見たあとは、筋肉が萎縮する感覚がある。映画館同様、また言葉がへる。

感想を誰かと共有するのは、簡単だけど感性はそう簡単に分かち合えない。どこかもどかしさもある。

ライブ感。

物事は鮮度が大事だという人も多い。物事は新鮮な内が全てで、時間が経てば消えてしまうと言う人もいる。できたてが一番美味しいと主張する声もよく聞く。

このライブ感は生の演奏にしかない。と言いたい所だけど、個人的に「ライブ感」はあらゆる場所に転がってる。週刊誌の連載は圧倒的にライブ感がある。コミックスで読むのとまた違う感想がある。週刊誌と比べたら鮮度は落ちるなんて事はない。全ては受け取る側の感度次第。

小説はどこかの連載もあるが、新人含めほとんどの作品はひとつの本として世に出る。

音楽のライブや週刊誌を最高鮮度とするなら落ちることになる。しかしそんなことはない。しっかり生きてる。ライブにしかないものもあれば、音源にしかないものもある。

作品は、作られた瞬間の鮮度が1番高いわけじゃなく、 受け手の鮮度に委ねられる。読む側、聴く側、見る側。受け取る側が鮮度を決めてる。

トレンドものや流行りは廃れていくと思われがちだが、案外そうではない。続いて生きてる。

受け取り人のアンテナが張ってるか張ってないか。その違い。魅力的な作品というのはそのアンテナを無理やり立たせるから名作と言われる。

どんな状況でも作品は、作る人と受け取る人がいてようやく成り立つ。吟味されてふるいにかけられて、色々な作品が残る。ダメなものも良いものも。それらはいつでも新鮮だ。

今夜は帰りたくない。街をブラブラして少し遠回りでもして、歩こう。

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