大量の個性の塊、芸術品の波に罵倒され、埋もれるのが分かる。どれも素晴らしい作品なのに、日の目を浴びるのは極僅かだ。羨望の眼差しと心の高鳴りの直ぐ側で、嫉妬に似た感覚を底から呼ばれ、まだそんなとこにいるのかと声が聴こえる。頭で理解してようと、足が止まってちゃそれは理解でもなんでもない。ただの願望。果ては戯言のような捨て鉢。地団駄踏んで停滞してりゃ、いつの間にか波は人1人を置いて、過ぎていく。停滞してるつもりが、後退している。前進なき停滞は、後退と同義。止まってちゃ何にも追いついてけない。

日常に転がる言葉。何気ない価値観。その人が何気なく発した言葉でも、人は呆気なく崩れる。あまりにも強い光を見つけてしまった時、心は感嘆し暗転する。苦しいか、その苦しさははてさて源泉か。それともそのまま深淵か。昨日と同じ事を発しても、その言葉が今日も輝くとは限らない。同じ手はそうそう何度も通用しない。言葉というのは条件下でしか輝かない。言葉を、意味を発したも、届かない事は届かない。言葉は、空中分解し、墜落する。あの人が言葉に込めた意味なんて、どうせ大したものではないのに。

鋭く尖った感性は、咎める事なく自分を研磨すると同時に、その切先は自らの喉元を向いている。